胃全摘手術とその後(5)
3月に入り、退院の話も少しずつ具体化していた。
通常、胃がんで手術をした患者は1ヶ月程で退院するらしいが兄は術後の経過があまりよくなかったので少し長い入院になっている。
そしてこの頃、抗がん剤治療も開始した。それまでお世話になった外科から腫瘍内科にうつることになったが、病室は今までどおり変わらずに抗がん剤点滴をうけることができた。そして退院後は通院で抗がん剤治療を続けましょうということだった。
しかし、念願の退院を目前に、兄の肺に水が溜まっていることが検査で判明し、その水を抜くための胸水穿刺を2度ほど行ったと思う。溜まっていた水は1.5ℓ以上はあった。まだこの時私は、この胸水が溜まることの恐さを知らなかった。
3月11日。色々な不安はあったものの、念願の退院が決まった。この日は〝先勝〟 午前中に家に帰らせようと思い、姉と父と私は病室に早めに到着した。
我が家にやっと帰れる嬉しさに張り切っているのかと思いきや、少しだるそうにベッドに座る兄がいた。姉が看護士に呼ばれ、病室を出ていくと〝何の話なんだ?俺も一緒じゃだめなのか?〟とひどく不安そうにしていた。姉が戻ってくると〝何だった?何の話だった?〟と兄は問い詰めていた。〝退院後の家での生活についてとか、食事のことだよ〟と姉が言ってもまだ納得しない兄に姉は〝家族の中にはまだ食事もきちんととれないのに退院させていいんですか?っていう人もいるからきちんと説明されただけだよ〟と言う。そしてその後兄も医師に呼ばれ、病室を出た。数分後、戻ってくると兄は明るい顔でこう言った。〝親父、いい話だった!胸のレントゲンも見せてもらったけど、快方に向かってるって医者が言ってたぞ〟と声を弾ませていた。
この後、私と父は兄のいないところで姉から医師からの話の内容を聞く。
医師からは〝長くはないので今帰れる時に退院しましょう。ご家族でいる時間を作ってください〟というようなことを言われたそうだ。これを聞いた姉は、必死で治そうとしているのに希望のかけらもないことを言われたと怒っていた。
それでも兄の退院は私達にとって嬉しい出来事だった。
大学病院での入院期間40日。兄は退院し、我が家に帰ってきた。30歳という若さで買った我が家、愛する妻と子供達との思い出がたくさんある家に。
この時もとにかく病気を治して、1日でも早く仕事に復帰しようと思っていたんだよね、お兄ちゃん。
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